2015年12月18日

桃葉之陰 作 大山義元 第三部 真の黒幕は……7



 死ぬって苦しいことではないんだ……

 想像していたよりもずっと楽だった。苦しみも痛みも感じない。

 むしろ、全身が温かな羽毛に覆われて、ぽかぽかの布団に横たわっているかのように気持ちがいい。

 このまま安らかに眠れるならば、快感じゃないか……



 鳥羽龍之介は目を開いた。

 全身がピンク色の靄に包まれている。その向こうにどんよりとした空と雪がぱらついている。

 己は今、ピンク色の球体に包まれているのだと理解した。

 全身が温かいと思ったのは、このピンク色の球体のおかげだ。

 一体……これは何だろう……

 天に召される時、人は皆、このような球体に包まれて上ってゆくのだろうか。

 しかし、このピンク色の球体は少しずつ、薄れて行くようだ。

 ああ。消えないで……

 この球体が消えると、己の体に雪が降り注ぐのか……

 きっと冷たいに違いない……

 いや、己は、白霊功を習得して以来、寒さも暑さも苦にならなくなったんだっけ……

 鳥羽龍之介の願いとは裏腹に、ピンク色の球体はどんどん薄れてゆく。

 まるで空気が抜けてしぼんでゆくかのようだ。

 このこのピンク色の球体の靄が漏れている先は……

 いや……

 漏れているんじゃない……

 なんと、己が吸い取っていた。

 己の腹の中心。すなわち、丹田に向かって、ピンク色の靄がどんどん注ぎ込まれてゆく……

「あっ……」

 鳥羽龍之介はとっさに悟った。

 なんと、己は、迦葉式二十八糎榴弾砲から発射された験力の砲弾を秘法 黒洞大法によって吸収してしまっていたのだ!

 ものすごい爽快感……

 鳥羽龍之介は、すくっと立ち上がった。

 秘法 黒洞大法によって験力を吸収するごとに、己の力は強まる。

 今、己は、迦葉式二十八糎榴弾砲から発射された験力の砲弾を吸収してしまった。

 迦葉派の宗家山本美祢先生やたくさんの弟子たちが注ぎ込んで作った験力の砲弾だ。何十人分もの験力が凝縮されている。それを吸収してしまったのだ……



「な、何だと……」

 顔は依然として恐ろしい般若の面に覆われているが、その声音から、さまよう南蛮鎧が狼狽しているのが良くわかった。

「り、龍之介……はあ……」

 青里倫子の瞳からぽろぽろと涙がこぼれていた。安堵の涙だろうか。

 青里倫子は依然として、さまよう南蛮鎧に羽交い絞めされている。

 だが、何の問題もない。

 鳥羽龍之介は、サッと駆ける。

 いや、駆けるというよりも瞬間移動したと言った方がよい。瞬きした時には、さまよう南蛮鎧の目前だ。

 同時に、さまよう南蛮鎧の般若の面をめがけて掌底打ちを食らわせている。

「うっ……」

 とうめき声を上げたさまよう南蛮鎧。

 そのまま、鳥羽龍之介の右手が般若の面に留まる。

 いや、鳥羽龍之介の右手にさまよう南蛮鎧の般若の面が張り付いたといった方がよい。

「グオォォォォォー!」

 さまよう南蛮鎧が断末魔の叫び声を上げ始めた。般若の面から赤黒い靄が湧き出てきたと思うと、鳥羽龍之介の右手に吸い込まれてゆくのだ。

 今度こそ、秘法 黒洞大法が正確に決まった。

 さまよう南蛮鎧はうめき声を上げ続けるばかりで、手足を動かすこともできない。

 赤黒かった南蛮鎧から赤みが消えて、漆黒の色に戻ってゆく。

 枷が緩んだ隙に、青里倫子がさまよう南蛮鎧の懐から脱した。

 たっぷり三分はかかったかもしれない。

 さすがは、桃葉之陰を荒らしまわったさまよう南蛮鎧。その験力も並大抵のものではない。

 しかし、その験力も、今や鳥羽龍之介に吸収されてしまったのだ。

 鳥羽龍之介が、さまよう南蛮鎧の胸元を思いっきり蹴ると、さまよう南蛮鎧は十メートルも後方に吹っ飛んで地面に転がる。

 雪飛沫が舞った。



 鳥羽龍之介は、とっさに青里倫子を抱き寄せた。

 いや、同時に抱きついたといった方がよいかもしれない。青里倫子のポニーテールの尾が鳥羽龍之介の顔にかかり、香ばしい匂いが鼻を突き上げてきた。

 青里倫子の膨らんだ胸元が、鳥羽龍之介の胸にむぎゅっと押し付けられる。

 葉里茜や若武者の遥よりも豊満だ……

 鳥羽龍之介は一旦、体を離すと、青里倫子の両肩に両手を添えて、青里倫子の顔を覗き込む。

「驚かせやがって……」

 青里倫子はなおも、涙をぽろぽろこぼしている。気の強い女の子が涙を流す様は、なんとも言えない。

「倫子姉さん、泣かないで……」

「な、泣いてなんていないから……」

「倫子姉さんの泣き顔もかわいいね」

「な、何を言っているんだ!龍之介!」

 青里倫子は頬を真っ赤にすると、袖で頬の涙をぐいと拭って、携帯式ロケット弾を構える。

 が……

 撃つべき相手はもういなかった。

 リサイクル僵尸の群れは破壊されつくしていた。

 玄慈和尚ら、リサイクル僵尸と戦っていた人たちが、鳥羽龍之介とさまよう南蛮鎧を取り囲むようにして近づいてきた。



 鳥羽龍之介は、二十メートルばかりも離れた地面に突き立っている名刀 透光丸を引き寄せた。

 取りに行ったのではない。

「名刀 透光丸よ……来い」

 と心の中で念じたら、本当に鳥羽龍之介の右手に飛び込んできたのだ。

 十メートル先で、さまよう南蛮鎧がのろのろと体を起こしたところだった。

 もはや、こいつは無害だ……

 だが、手加減はしない!

 鳥羽龍之介は、さまよう南蛮鎧の目前に瞬間移動する。

「ま、待て……」

 さまよう南蛮鎧が哀れっぽい声を漏らす。

 しかし、鳥羽龍之介は名刀 透光丸を天に向かって高く突き上げる一の型に構えると即座に、振り下ろす!

「龍之介さん!待ってぇぇぇぇぇ!」

 という若い娘の悲鳴と名刀 透光丸の青白い閃光がさまよう南蛮鎧に振り下ろされるのが同時だった。

 名刀 透光丸の刃はすでに、さまよう南蛮鎧を真二つに切り裂いている。黒い南蛮鎧と兜、それに般若の面のほぼ中央がぱっかりと割れていた。

 悲鳴を上げたのは、高野芙海だった。

 この戦いには加わっていなかったが、いつの間にか、雪の中を駆けてきたようだ。

 傍らには、礼野小虎が付き添っている。

「芙海さん……」

 鳥羽龍之介が高野芙海を見やった。

「こ、殺してしまったの……」

 高野芙海がその場に崩れ落ちそうになるのを礼野小虎が支えた。

「いや……死んでいない……鎧を割っただけだ……見てな」

 鳥羽龍之介が再び、名刀 透光丸をサッ、サッと振る。

 すると、まるで泥を裂くかのように、黒い南蛮鎧がざくざくと斬れてしまう。

 同時にボロッと南蛮鎧の破片が飛び散ると、中から人が出てきた。



 白髪まじりの長髪を頭の天辺でちょんまげのように結い上げた男。

 だが、老けているというほどではなく、肌にしわはなく、艶々としている。

 口ひげを生やし、細く鋭い目つきをして、如何にも厳格そうな雰囲気の男である。



 男は、高野朝岳だった……

「お父様……」

 高野芙海が、さまよう南蛮鎧の中から現われた高野朝岳にすがりつく……

「ふ、芙海……」

 高野朝岳は、ばつが悪そうに娘から顔をそらした。

「ど、どうしてこんなことを……ねえ……お父様……」

 高野芙海の瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。



 ようやく戦いは終わった。後のことは知らない。玄慈和尚が処罰を決めてくれるだろう。

 まあ、切腹しかないだろうが……

 とにかく、疲れた……

 鳥羽龍之介は、名刀 透光丸を鞘に納めるとその場を離れた。

 いつの間かに雪がやんでいる。どんよりとしていた空の隙間から、本当の陽が差し込んでいる。

 傍らに、飛び猿の夏帆が飛びついてきた。

「やっぱり、羽柴元好は銀狼の岡太蔵の手で高野朝岳の姿に変装させられた挙句、黒壊疽毒を盛られて殺されたんだね……銀狼の岡太蔵は自分が変装することも得意だけど、人のことを変装させることもお手の物だったもん……」

「ああ。そうだろうな……」

「龍之介様、お怪我はありませんか?」

 美春も傍らに寄り添って来る。

「大丈夫だ。俺よりも、みんなは怪我していない?」

「MMO47のメンバーは全員無事です」

 若武者の遥も大小の刀を納めて駆け寄ってきた。

 雪女の未来、針医の優奈、青里倫子、女弁慶の詩織と大庭弁蔵……みんな無事だ。

「良かった……」

 鳥羽龍之介は、駆け寄ってきた全員の顔を見渡してほっとため息をついた。

 と、背後から

「鳥羽龍之介……」

 禍々しい声音で声をかけてくる者がいる。

 天菊時貞と松琴音だ。二人ともやはり怪我はしていない。

「天菊時貞……」

「今の俺はお前に勝てそうもない……」

 天菊時貞が唸る。

「だが……約束どおり、いずれ決着をつける。必ずな!俺は……しばらく……武者修行の旅に出る……」

「天蛇邪君は、お前が疲れているのを見て、決着をつけるのを延期してくれたんだ!感謝するんだぞ!」

 松琴音がそう言い放つと、天菊時貞の手を取って、突如として、空高く舞い上がる。

 そこへ、まるで航空機のように巨大な大鷲が通りかかったと思うと、天菊時貞と松琴音がその背中に駆け上る。

 巨大な大鷲はあっという間に、空の彼方へと飛び去っていった。

「訳の分からないことを言うやつらだね……」

 飛び猿の夏帆がくすっと笑う。

「龍之介さん……」

 葉里茜がゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。

 絶世の美少女が真っ白い雪に覆われた地面を純白の衣をまとって歩む様は神々しい。まさに仙女と言ってよい。

「茜……」

「怪我はない?」

「ああ。大丈夫だ。だけど、とてつもなく疲れた……それに腹がぺこぺこ……」

「イヌ天密教の本部に戻ったら、豪華な夕食を用意させるわ……今夜は、みんなで、お祝いしましょ……」

「楽しみだな……」


第三部 完
posted by ノベル時代社 at 13:55| 無料小説 桃葉之陰