スポンサードリンク

2016年01月01日

Kindle版 武侠小説 襄陽城の蘭陵王




武侠小説 襄陽城の蘭陵王

 元寇の危機が迫りつつあった一二七三年の一月。南宋と蒙古の戦いの最前線――呂文煥が守る襄陽城に九州より日本の武士が送り込まれた。城は、呂布の生まれ変わりとも言われ、蘭陵王のように鬼神の面を付けて戦う謎の猛将によって持ちこたえていたが……。中国を舞台にした歴史ファンタジー小説。

 日本に元寇の危機が迫りつつあった一二七三年一月。呂文煥が守る襄陽城は南宋と蒙古の戦いの最前線である。
 九州防衛の責任者である鎮西奉行少弐資能の末子、資武(剣術京八流の遣い手、漢語が堪能)は、父の命により、蒙古軍の実態を探るために観戦武官として襄陽城へ赴く。誠忠岳飛の末裔を自称する好漢の岳蒙、固く城門が閉ざされた襄陽城を自由に行き来できる謎の美少女呂襄と出会い意気投合。二人の案内で襄陽城に入る。
 襄陽城は呂布の生まれ変わりとも言われ、蘭陵王のように鬼神の面を付けて戦う正体不明の猛将呂鬼神の活躍で持ち堪えていた。呂鬼神を打ち破るべく蒙古軍は、華山派の一番弟子史建華(蒙古の宰相 史天沢の孫)を送り込んでくる。戦場で呂鬼神と史建華は、華山派の奥義を以て、互角の戦いを繰り広げる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

冒頭部抜粋

 武侠小説 襄陽城の蘭陵王     
                   大滝七夕
 一
 
 みぞれが降りしきる中、薄汚れてすり切れた袴褶をまとった巨漢の漕ぐ小舟が長江の支流漢水を遡っていた。
 小舟に乗っているのは、漕ぎ手の巨漢の他、舳先に立った若武者だけである。
 刃のような寒風が若武者の頬を撫でるが、若武者は、後ろ手を組み、みぞれで霞むはるか彼方の水面をじっと見つめたまま身じろぎもしなかった。
 ちぐはぐな若武者であった。漢服である空色の袍衫をまとっているが、頭には、日本の侍烏帽子を頂き、腰刀を差し太刀を佩いている。独り言をつぶやく時は、日本の言葉になるが、巨漢に話しかけるときは、流暢な漢語を話す。
 身の丈は六尺ばかりもあるが、体の線は細い。面長の白く艶やかな肌に、濃い睫毛を宿した柔和な目つきをしており、女のようにも見えてしまう。武芸とは無縁で、書院にこもって科挙の勉強に励んでいそうな書生といった風情の若武者である。
 だが、背がそこそこあるだけの優男だと思って甘く見ると痛い目に合う。見た目とは裏腹に、この若武者は武芸が相当にできるのだ。
 身の丈は七尺、顔つきが仁王像のように厳めしく横幅は若武者の三倍はあろうかという筋骨隆々とした巨漢は、数日前にそのことを身を持って思い知らされている。
「師父。寒くないですか?毛皮があるので着込んでくだせえ」
 巨漢が若武者の後姿を見上げながら漢語で話しかけた。
「不要だ」
 若武者も漢語で答える。
「しかし、師父。襄陽はまだ遠いですぜ。寒風に当たっていてはいくら師父でも風邪をひきますぜ……どうか暖かい格好をしてくだせえ」
「師父、師父とうるさい。俺は、お前を弟子にした覚えはない」
「しかし、師父……いや、しょうに……すけたけ……様がなんとおっしゃろうと、俺は、あなた様を生涯、師父と仰ぐことに決めたのですから」
「少弐資武だ」
 若武者――少弐資武がぴしゃりと言い放つ。
「へい。少弐資武様。日本の言葉はどうも発音しにくくて……」
「岳蒙よ。宋国では、決闘して負けたら弟子にならなければならないという決まりでもあるのか?」
 資武は、相変わらず、目を漢水の彼方に向けたまま、巨漢――岳蒙に質問する。
「いいえ。そうではありません。ただ、俺は、江湖でもそれなりに腕が立つと自負しておりましたが、漢口で師父と手合せした時は、手も足も出ませんでした。海の向こうの日本の武芸があれほど優れているとは……まさに、井の中の蛙大海を知らずというやつで……」
「俺も驚いている。大陸に着いてから何日も船に乗っているのに未だに襄陽に着かぬとは。宋国はいったいどれほど広いのだ?」
 資武がふと感嘆の息を漏らす。
「師父。これくらいで驚いてはいけません。襄陽より南は、華南と言いますが、宋国の領土の半分に過ぎないのです。元々、宋国は、はるか北方、万里の長城まで支配しておりましたが、女真族の金に攻め入られて、国土の半分を失い、金が滅びたと思えば、草原の民である蒙古に攻め入られて、今や風前の灯火……何とも情けない限りです。俺の先祖である岳飛様もさぞお嘆きでしょう……」
「うむ……」

 時は、一二七三年の一月。
 蒙古帝国――元の皇帝フビライは、南宋を併呑せんとして、襄陽に蒙古の将軍アジュを総司令官、華北の漢人史天沢を副将とする大軍を送り込んだ。
 襄陽は、金を滅ぼし、華北を制圧した蒙古軍が南下を試みて以来、約四十年の長きにわたって、南宋の最前線であり続けた。古来より、華北から攻め下り、華南を制圧しようとする者にとっては、真っ先に攻略しなければならない要衝であるが、決して、難攻不落の要塞というわけではない。
 漢水の流れ、頑丈な石積みの城壁に守られているとは言え、華北に数多ある城と構造は大して違いがない。にも拘らず、蒙古軍は、襄陽城を攻めあぐねていた。
「そりゃもう、呂鬼神のおかげですよ。呂鬼神が襄陽にいる限り、蒙古軍が攻め落とすことはできないですよ」
 と、岳蒙が語って聞かせてくれた。
「呂鬼神とな?一体何者なのだ?」
「師父は、後漢末期の猛将呂布をご存知ですか?」
「うむ……赤兎馬にまたがり、方天画戟を奮って、戦場を駆ければ、敵なし。張飛、関羽、劉備の三英雄が束になってかかっても敵わなかったという三国志の逸話なら、日本でもよく知られている」
「呂鬼神は、その呂布の生まれ変わりではないかというほどの猛将なのです」
「呂布の生まれ変わりとな……」
「呂鬼神は、襄陽の守将呂文煥の一族の者だそうですが、本当の正体は不明とか」
「どういう意味だ?」
「呂鬼神は、戦場に出るときは、騎兵甲と兜で身を固めるばかりでなく、鬼神の面をつけているため、その素顔を見たことがある者は一人もいないそうです」
「ほう……まるで美貌を隠すために鬼の面をつけて戦ったという北斉の皇族高長恭こと蘭陵王のようだな」
「へい……それがために、呂鬼神に関しては、江湖でいろいろなうわさが持ち上がっておりましてな。呂鬼神は、醜悪な鬼のような顔だという者もいれば、美貌の青年だという者もいるし、実は女でしかも仙女のような絶世の佳人だという者もいるわけでして……」
「面白い。ますます、襄陽が待ち遠しい」
 小舟の舳先に立った資武は、まだ見ぬ襄陽を待ちわびていた。

posted by ノベル時代社 at 00:56| Kindle版 武侠小説 襄陽城の蘭陵王
スポンサードリンク