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2016年01月07日

Kindle版 武侠小説 刀伊の入寇




武侠小説 刀伊の入寇

 日本に刀伊の入寇(一〇一九年)の危機が迫っていることを知った北宋の穆桂英は、楊家槍法を遣う若き女侠楊嫣を大宰府の藤原隆家のもとに派遣する。だが、刀伊――女真族の侵略の裏には、遼の後押しと陰謀があることが判明。秘密結社『土蜘蛛衆』に属する大蔵種拓は、隆家の命を受け、日本を守るべく楊嫣と手を組んで戦う。日本を舞台にした歴史ファンタジー小説。

刀伊の入寇(一〇一九年)の時代を背景に藤原隆家や楊家将演義にゆかりのある人物が活躍する武侠小説。
女真族が遼の後押しを受けて日本に攻め入らんとしている。既に遼は日本に蕭魔軻らの間者を潜伏させて来る時に備えていることを知った北宋の穆桂英は、大宰府の藤原隆家と日本の武芸者の秘密結社「土蜘蛛衆」棟梁葛城影行に危機を知らせるべく、養女の楊嫣(ヒロイン、語学堪能、楊家槍法を遣う若き女侠)を密使として日本に派遣する。
肥前国松浦で楊嫣と出会った大蔵種拓(主人公、土蜘蛛衆の次期棟梁として期待される若き武芸者。大宰大監大蔵種材の末子)は、二人で大宰府に行き、藤原隆家と面会するが、早くも、蕭魔軻ら遼の刺客に襲われる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

冒頭部抜粋

 武侠小説 刀伊の入寇
                          大滝七夕

 一

 日本の年号では寛仁二年。宋国の年号では天禧二年(一〇一八年)の秋の夜のことである。
宋国の首都開封の郊外にある寂れた飯店に、白髪頭ながら厳めしい目つきが印象的な老人と、端正な顔立ちの若い夫婦が円卓を囲んでいた。
 表に看板さえも出ていない寂れた店である。三人の円卓には欠けた茶碗と一本の徳利があるばかり。店の主らしい人間はおらず、ほかに客らしい者もいない。店の扉は完全に閉じられているということは、本日の営業は終わったのだろうか……いや……そもそも営業しているのか……?
 景徳元年(一〇〇四年)に宋と契丹族の国家――遼との間で、?淵之盟を結び、北方の脅威がなくなったことで、宋国は大いに栄えていた。
 とりわけ、首都開封の繁栄ぶりは顕著であった。水運が整備されて国中の物資や人々が集まり、昼夜を問わず店には人々があふれ、屋台が立ち並び、大道芸、講談などが行われ、まるで、連日、お祭りが行われているかのような賑わい振りであった。
 開封の繁華街から離れた郊外とは言え、このような寂れた店があるのは奇異である。円卓には埃がかぶり、店の窓は欠けて、すきま風が吹き込んでいる。
 老人は、まるで乞食のようなボロをまとっているが、白髪はきれいに結い上げられており、口と顎の髭もきれいに切りそろえている。佇まいは到底乞食とは思えない。
 老人が欠けた茶碗でゆっくりと酒を飲み干すと円卓にコトリと置く。その風雅なしぐさからして乞食ではないと一目でわかる。
(なるほど……この方ならば、父上が頼りにするわけだ……)
 若い男――楊宗保は、目の前の老人を一目見ただけで只者ではないと感じ取っていた。
 円座に座って対面していた若い女がプッと笑った。
「どうしたのじゃ?」
 老人が若い女をじろりと睨む。楊宗保が女のひじを突いて、
「これ!失礼だろ!」
 と小声でたしなめる。
「構わぬ……申してみよ……」
「寇準様ったら、そのような、丁寧な飲み方では、到底、乞食には見えませんわ。姿だけ変えても、無駄ですわ」
「これ!」
 楊宗保が円卓の下で若い女の腕をつねろうとすると、若い女の方が楊宗保の腕をぴしゃりと叩いて、
「痛っ!」
 と、却って、楊宗保の方が悲鳴を上げる始末。
「ハハハ……そうか ……穆桂英殿。そなたの言うとおりじゃな」
 楊宗保は、座を立つと、
「妻が失礼を申して誠に申し訳ありません!」
 直立不動で深々と頭を下げる。堂々たる体躯でありながら、整った顔立ちに白い肌をしており、容姿だけ見れば、書生という風情。しかし、楊宗保は、武門の名家、楊家軍の当主の座にある軍人だ。
 楊家軍とは、楊宗保の祖父楊業に始まる軍閥である。
 遼との戦いで常に最前線に立ち、とりわけ、楊宗保の父である楊延昭は、数々の軍功を立てて、宋国の者であればその名声を知らぬ者はいない。
 景徳元年(一〇〇四年)に、?淵之盟が結ばれたことで、遼との戦いは終止符を打ち、大中祥符七年(一〇一四年)に父の楊延昭も亡くなって、楊家軍が活躍する場は無くなってしまったが、今でも、開封の街中では、講談師が楊家軍の栄光を語り継いでいるのである。
 容姿端麗の若い女――穆桂英が楊宗保の尻をボンと叩く。
「痛っ!」
 楊宗保は、またしてもうめき声を上げた。
 その様を見て、老人――寇準が、カラカラと笑う。
「巷で聞く講談によると、穆桂英殿は、楊宗保殿が穆柯寨に押し入った際に捕らえて、『私と結婚しないと殺すわよ!』と脅迫したそうじゃのう。おまけに父上の楊延昭殿まで打ち負かしてしまわれたとか。そんな女将軍がいるのかと半信半疑であったが、今夜、二人にお会いして、その話は誠じゃと悟ったぞ……」
「見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
 楊宗保は顔をしかめながらも、再度、頭を下げた。
「よいぞよいぞ。そう畏まっては、却って、我らの身がばれるではないか……」
 寇準が楊宗保の肩をぽんぽんと叩いて、座らせる。
(寇準様は――ずいぶんと丸くなられたようだ……)
 楊宗保は微笑を浮かべる寇準の横顔を見やりながら思った。
 もはや、六十になる老人である。顔には歳相応のしわがあり、体もやせ衰えているが、炯炯とした目だけは、かつての剛直な性格の名残を残していた。
(我ら、楊家軍の活躍によって、遼の宋への侵入を防いだのは事実だが、この方の後ろ盾がなかったら、今頃、この開封は、遼の蛮族に蹂躙されており、町のどこもかしこもが、この飯店のように寂れていただろう……)
 今、寇準はボロをまとって、楊宗保、穆桂英と差し向かいで、欠けた茶碗で酒を飲んでいるが、実は宋国の宰相の地位にある要人である。
 寇準が最初に宰相の職に就いたのは、景徳元年(一〇〇四年)のことであった。

posted by ノベル時代社 at 22:26| Kindle版 武侠小説 刀伊の入寇
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