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2016年05月01日

Kindle版 地下アイドル殺害事件 一億稼ぐ行政書士の事件簿1




地下アイドル殺害事件 一億稼ぐ行政書士の事件簿1 (行政書士の事件簿ノベルズ(WEB限定版))

 風営法専門の行政書士が見た! 地下アイドル業界の闇!行政書士の事件簿ノベルズ(WEB限定版)第二弾

 行政書士の倉部友幸は、市議の蓮沼太郎、弁護士の村上茜ら優良な取引先に恵まれ、三十歳になったばかりでありながら、二人のパートナー行政書士と、十人の補助者と秘書を使う『行政書士法人倉部事務所』の所長である。浦安駅の近くの一等地にある新築のビルに事務所を構え、飲食店営業、喫茶店営業、風俗営業等の営業許認可と会社設立を専門としている。
 友幸は、弱小芸能事務所の社長高田佑介からメイド喫茶の開店に必要な手続きの代行を依頼される。迅速に処理するものの高田佑介が報酬を踏み倒す。
 所属していた売れっ子の地下アイドル前島美紀が事務所を出奔したため、収入が途絶えたというのだ。世間には公表していないが高田佑介と前島美紀は婚姻関係にあり、娘までいる。前島美紀は高田佑介に愛想をつかし、以前から交際していた蓮沼太郎の下に逃げたのだという。
 そんな最中、高田佑介がメイド喫茶の開店予定地で殺される。友幸らにも捜査の手が伸びるが……。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
(冒頭部抜粋)

 地下アイドル殺害事件 一億稼ぐ行政書士の事件簿

                   大滝七夕

 序

 高田佑介の顔が恐怖と驚きで引きつった。
 背丈は百六十にも満たず、男としてはだいぶ低い。横幅はごつい。本人はジムに通って鍛えていると豪語しているが、ずんぐりとした体つきをしているのは筋肉が付いているからではなく、脂肪が余分についているからだ。
 侵入者の俊敏な動きに対して、佑介は何らの有効な手立てを講じることができずに、後退りするだけだった。
 侵入者は黒いブルゾンと黒い防寒ズボンを身に付けていた。手には黒い手袋。頭にも黒い毛糸の編み帽子を被っていた。左手に握るのは日本刀の鞘。右手には、抜身の日本刀が握られていた。模造刀ではない。真剣の日本刀である。脇差と呼ばれる長さの日本刀で、片手で振り回すにはちょうどよい長さだ。
 そして、日本刀の刃の切っ先が佑介の喉元に突き付けられていた。
 侵入者の顔は隠されていない。佑介はその侵入者が何者であるかよく知っていた。
 まさか、この人が、これほど素早い動きで、脇差を抜き、己に肉薄してくるとは思いもしなかった。侵入者がわずかに右手に力を込めれば、己の首が掻き切られてしまう。瞬時に出血死してしまうことは明らかだった。
「ならば……遺書を書くのだ」
 侵入者が低い声でつぶやいた。感情のない無機質な声だった。おまけに見たことの無い冷徹な眼差し。まるで、日本刀を手にしたことで日本刀に宿る妖魔に憑かれて人が変わってしまったかのようだった。侵入者は言葉を続けた。
「今から自殺しようというのだからな」
 膝までずり落ちていたズボンを這う這うの体で引っ張り上げた佑介は、身をぶるぶると震わせながら、後退した。
 一歩下がったところで、何かに足を取られた。あっ!と目を見開いた時は、無様に尻餅をついて倒れていた。
 受け身を取ることができずに、床に派手に尻をぶっていた。
 痛いと感じる余裕はなかった。痛いと言えば頬もそうだ。先ほど、両頬を拳で何度も殴られた。何本かの歯がぐらついていたし、唇が切れていて今なお出血していた。鼻血もまだ、止まっていない。
 だがその痛みも鈍く光る日本刀を前にした今では霞んでしまった。少しでも目を離せばその隙に、日本刀の刃が己の首を掻き切ってしまうような気がした。
 恐怖を振り払うように首を横にぶるぶると振った。息を喘がせながら、足元に目を向ければ、木製の椅子が絡まっていた。先ほど、侵入者が闇の中から現れた時、慌てて立ち上がった。その際、座っていた椅子を倒してしまったのだ。
 佑介は何か楯になる物がないかと両手を床に彷徨わせた。まるで、溺れかけた人間が藁をも掴もうとして必死にもがくかのような動作だった。
 佑介は左手で太い棒のような物を掴んだ。それを侵入者の顔面に投げつけようとした。だが、ズズッと重い物を引きずるような音が立っただけだった。左手で掴んでいたのは、テーブルの脚だった。先ほどまで使っていたテーブルだ。テーブルの上には起動したノートパソコンが置かれている。この部屋の中で最も高額な貴重品にして、己の命綱と言っても過言ではない。ノートパソコンを壊すわけにはいかないと思って、佑介はテーブルの脚から手を離した。
「さあ……遺書を書くのだ」
 侵入者が佑介の脚に絡まった椅子を蹴った。椅子は反対側のテーブルセットにぶち当たって派手な音を立てた。
 佑介は、再び、恐怖の眼差しを日本刀の刃に向けた。
「ノ、ノートパソコンを使わないと……」
 佑介はそう声を絞り出すのがやっとだった。
 この時、佑介の周囲には、侵入者に投げつけられるものがたくさんあった。メイドカフェを開店するために中古家具屋からタダ同然でもらってきた七つのテーブルセット。それぞれの椅子には四つの椅子が並べられており、その椅子の一つ一つを投げつけてやれば、侵入者を挫くことは容易かったはずだし、キッチンに駆け込めば、包丁もフライパンも鍋もある。それらを投げつけるなり、振り回すなりして、侵入者を撃退することができたはずだった。
 だが、佑介はそんなことは思いもしなかった。
 侵入者の鬼気迫る眼差しと日本刀から立ち込める剣気にすくみ上ってしまい、尻餅をついたまま、もがく様にして後退りするのがやっとだった。
 カウンターの板に背中がぶつかった。お客様を出迎えるために設けたカウンターだ。やはり、中古家具でタダ同然で買った安物だ。シミがあちこちについていて、泥に埋もれていたかのように汚れている。これから丁寧に磨いて、塗装し直そうと思っていたものだ。
 ぶつかった弾みにカウンターの下に立ててあったホワイトボードが倒れた。アイドルの女の子たちの出勤表として利用する予定のものだった。
 ホワイトボートマーカーがコロコロと転がった。佑介は反射的にそれを掴んでいた。
「遺書はあなたの自筆で書かなければならない。ペンはそれでよい。紙はないのか?」
「な、無い……。私は……、書き物はノートパソコンで済ませる。紙は使わない」
「ならば、止むを得まい。そのホワイトボートに書け……」
 侵入者が裏返ったホワイトボートを蹴った。ホワイトボートが乾いた音を立てて床の上で表面を向いた。
「ここにですか……?」
「そうだ」
「私が遺書を書くとしたらノートパソコンに残す。こんな所に書かない……」
「ノートパソコンでは、誰が書いたのか判然としない。あなた以外の者でも、書き残せる。そう……あなたが、あの子のブログを偽造していたように……。あの子の文章だと偽って、ファンの目を欺いていたように……」
「すまなかった……。本当に心から後悔している……」
 佑介はとっさに土下座して許しを請おうとした。だが、体を動かすより先に、侵入者が佑介の前に片膝をついて、日本刀の刃を喉元に突き付けてきた。目に止まらぬ動きだった。座位からの居合抜きに似た技を繰り出したのだと、佑介にも理解できた。
「ど、どうか……」
「本当にすまなかったと思っているならば、その気持ちを今すぐに書くことだ」
「わ、分かった……」
 日本刀の刃はなおも佑介の喉元から離れなかった。左側の首筋に当てられたままだった。
 突如として、侵入者は、刃を反転させて峰を左側の首筋に食い込ませてきた。日本刀の峰で打たれたように佑介は横に転がり、ホワイトボードに前屈みになった。
 顔をホワイトボードに突っ伏していた。鼻血と切れた唇から流れた血がべったりとホワイトボードにこびり付いた。まるでキスマークのような跡だった。
 佑介はホワイトボードに両手を突いて、身を起こした。両掌にもわずかに血が付いている。鼻血と唇の血をぬぐったからだ。
「さあ……書くのだ。『私は今から自らの手で命を絶つ。』とな」
「ど、どうか……勘弁してください」
 佑介は顔を上げようとしたが、体を動かすことができなかった。首の後ろに日本刀の刃を当てられていたからだ。刃なのか峰なのかは分からなかった。氷を押し付けられたような冷たい感覚があるだけだ。
 佑介の鼻先から血が滴り、ホワイトボードに一粒落ちた。
「まずは書け……。内容次第では、あなたの助命嘆願を聞き入れぬこともない」
「わ、分かりました……」
 佑介はそう答えたものの恐怖のあまり、頭が回らなかった。鼻先から血が滴り続けるばかりで、ホワイトボードにはいくつもの血の水玉ができていた。
 何でもいいから書こうとは思うものの、脳みそが凝固したように言葉が出てこなかった。ただ、ホワイトボートマーカーをぶるぶると震わせるばかりだった。
 間もなく、侵入者の落胆したようなため息が聞こえてきた。
「どうやら、あのような破廉恥なことをしても、何とも思っていないようだな……?」
 日本刀の刃が首の後ろをサッと薙いだような気がした。一瞬、首を切られたかと思ったが、まだ意識を保っていた。
「そ、そんなことはありません。ど、どうか……じ、時間をください……」
「ならば、私の言う通りに書け」
「は、はい……」
「私は、今から自らの手で命を絶つ……」
 佑介はまごつかせながらも、ホワイトボートマーカーを動かした。手がぶるぶると震えて、きれいな字を書くことはできなかった。これでは己の字だと妻でさえも判読できないだろうと思った。何とか、一文を書いたところで、侵入者が言葉を続けた。
「私は、自分一人では何も生み出すことができず、他人にたかることしかできなかった」
 先ほどよりは、すらすらと書けるようになっていた。
「妻を利用したばかりか、娘までも利用しようとした。結果、妻と娘を傷つけ、ファンを裏切り、多くの方に迷惑をかけてしまった」
 妻の美しい横顔と娘の円らな眼差しが脳裏をかすめた。佑介は死にたくないと本気で思った。彼女たちとやり直したいと思った。
「どうか……」
「まだ続きがある。まずは書け。『このような事態になったのは自業自得。すべての責任は私にある』」
 佑介は言われたとおりに、すべての文言を書き終えた。
 その瞬間、首の後ろから日本刀の刃が離れた。恐る恐る顔を上げると、侵入者は、日本刀をだらりと下げたまま、立っていた。
 己を殺す気はなくなったのだろうか?もしかしたら、許してくれるのだろうか?と思った。
「他の画像と動画のデータはどこにある」
「す、すべて、ノ、ノートパソコンにある。まだ、ネットに流出させていない。だ、だから、まだ間に合う。データはすべて消す。どうか、私たちがやり直すチャンスを与えてくれ」
 侵入者は、答えなかった。ただ目を閉じて、自然体で立ち尽くすばかりだった。
「私たちだと?あの二人はとっくにお前とは縁を切ったのだ」
「そ、そうだ、その通りだ。わ、私は、あの二人とは二度と会わない。だからどうか……」
「やり直すチャンスをくれと言った直後に二度と会わないと言う……。あなたの言葉など、信用できんことは、これまでの数々の行いからして明白!」
「どうか……命だけは……」
 その刹那――。
 佑介は、自らの左胸に、冷たい刃が押し込まれるのを感じた。刃は深々と入り込み肺にまで達したのが分かった。すぐに、刃はゆっくりと引き抜かれた。
 たちまち、熱い血潮が胸から流出するのも感じ取ることができた。急速に息苦しくなり、喉に血が逆流してきた。佑介が意識を保っていられたのはそこまでだった。

 一、嘘で塗り固めたアイドル

 法律用箋にメモを取るふりをしながら話を聞いた行政書士の倉部友幸は唖然としてしまった。
 こんな裏切り行為が許されるのだろうか?
 よくもこの男――高田佑介はファンに刺されずに、生きていられるものだと思った。
「今、話したことは、誰にも知らせないでくださいよ。メモも残さないでくださいよ」
 佑介が身を乗り出して、友幸の手元にある法律用箋を無遠慮に覗き込んできた。前島美紀のことが一言でも書かれていれば、法律用箋を引き裂かんばかりの勢いである。
「もちろん、あなたと私が交わした会話は、厳格な守秘義務によって守られますから、ご安心ください。今、お話し下さったことに関しては、私の胸にだけ収め、決して口外することはありません。もちろん、メモも残しません」
「頼みますよ。倉部先生。何もかもが番狂わせになってしまったんですよ。すべては、妻があの男の下に走ったのが悪いんです。妻が俺の所に留まっていれば、何もかもがうまく行っていたはずなんです」
 それから、佑介は口から泡を飛ばしながら、妻が如何に背徳的な人間であるかを口汚く並べ立てた。聞くに堪えない言葉がいくつも飛び出してきた。
 その言葉を聞きながら、友幸は呆れてしまった。
 全く……。この男は、人のせいにすることばかりで、己には非がないとでも言いたいのだろうか?
 万年筆を法律用箋の上に放り投げた友幸は腕を組んで、口を堅く結んだまま、佑介の話を聞いた。形だけ、相槌を打っているものの、佑介の言葉に賛同できる要素は全くなかった。
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