(冒頭部)
武侠小説 劈風魔神剣伝説
劉波兒
1、魔神復活
「とうとう雪が降る季節になってしまったか……。今年も弟子になれなかったなあ……」
頬にかかる細雪を払いながら、崑崙派の一般学生であることを示す黄色の道服をまとった少年は、深いため息をついた。
凛々しい顔立ちであるが、柔和な目つきをしており、やや幼さが残る。背丈も平凡だが引き締まった体格をしており、この少年が勤勉に剣術や拳法の修行に励んでいることを示していた。
ここは、崑崙派の拠点――崑崙山。崑崙山は人が住む町からは何千里も離れた仙境である。その周囲には、並の人間では到底、走破できない厳しい地形が広がる。
北に広がるのは雪幻雪原。冬はもちろん、夏でも激しい吹雪に見舞われ、年中、雪と氷が解けることはない。並の人間が一歩でも足を踏み入れれば、瞬く間に凍り付いてしまう。その奥地には雪幻山という雪山があり、山中には、魔封墓なる墓がある。魔封墓には、かつて人間の世界を滅亡寸前まで荒らしまわったという強力な妖魔が封印されているそうだ。
南に目をやれば、真逆の灼熱の地獄。獄門砂漠と呼ばれる広大な砂漠地帯が広がる。砂漠を行く人間や動物は、容赦ない陽射しにより、悉く干からびてしまう。砂漠の所々には、通りかかる者を地獄へと引きずり込む穴が開いているという。だが、人が住む町に行くためには、この砂漠を通り抜けるしかない。
そんな中にあって、崑崙山だけは唯一、四季がはっきりとしており、人が安心して暮らせる環境を保っているのだ。
崑崙山は、山頂付近の崑崙聖堂を中心に、九つのお堂が立ち並ぶ霊山である。崑崙聖堂の他、黄龍堂、青龍堂、朱雀堂、白虎堂、玄武堂、麒麟堂、霊亀堂、魔剣堂と名付けられたお堂がある。崑崙聖堂には崑崙派のトップである掌門、その他のお堂には長老と言われる崑崙派の武芸を極めた道士がトップに立っている。
弟子になるというのは、その長老たちのいずれかに拝師し、入門弟子に昇格するということである。
少年は、今、魔剣堂と呼ばれる裏寂れたお堂の外回りを掃除しているところだった。
魔剣堂は、他のお堂と違って、長老がいないお堂である。長老ばかりか弟子も一人もおらず、お堂の扉も窓も完全に板で封印されている。中を見ることができないし、何人たりとも中に入ることが許されていなかった。
めったに人が近づかないこともあって、魔剣堂の周囲は、枯葉が散乱し、埃もたまっていた。
少年は、せっせと箒を動かした。雪が積もっては掃除することができない。早めに終わらせようと思っているのだ。
廂のかかっている通路の下にゴミを集めて袋に入れようとした時、その袋が突然、バンと弾けてしまった。せっかく集めたゴミも、そこらに散らばってしまった。
「な、なんだ!」
少年が狼狽していると、後方からゲラゲラと笑う声が複数起きた。
少年が振り返ると、同じ年ごろの馬面の少年が背後に大柄な少年たちを従えて立っていた。
「やあ!黄礼和。こんなところで何をしているんだい?」
馬面の少年は、つかつかと黄礼和と呼んだ少年の下に歩み寄ると、礼和の持つ箒を踏みつけた。
先ほど、ゴミ袋が弾けたのは、馬面の少年が崑崙派の内功――崑崙派破邪功を込めた掌打をぶっ放したからだと分かった。
「やめろ!仕事の邪魔をするな!」
礼和は、馬面の少年を押しのけようとしたが、ビクッとも動かすことができなかった。馬面の少年が特別に大柄だからではない。
馬面の少年の体格は、礼和とさほど変わらない。唯一違うのが、着ている道服の色とデザインだ。白虎の模様が施された緑色の道服を身に付けている。
礼和とは立場が違うのだ。崑崙派白虎堂長老の史天進に拝師し、入門弟子に昇格した者であることを意味していた。
「おっと!口の利き方を気を付けろよ。一学生の分際で、入門弟子の俺に逆らうのか?」
馬面の少年が嘲笑しながら、礼和の腹に思いっきり蹴りを入れた。礼和は避けることができずに、うめき声をもらしながら地面に転がった。
「くっ……!高文護!何をするんだ!」
「俺を呼び捨てするとは、ますます、礼儀のなっていない奴だな」
馬面の少年――高文護がさらにもう一蹴り入れようとしたのを礼和は、両腕を交差させてガードした。
だが、文護の蹴りの威力はすさまじく、礼和は、吹っ飛ばされ、魔剣堂の壁に強かに全身を打ちつけてしまった。壁がミシッと軋んだような気がした。
「おい!いい加減にしろ!お堂の壁が壊れるだろ!」
礼和は、痛みをこらえながら、よろよろと立ち上がった。
「こんなボロいお堂なんて、どうなろうが知ったこっちゃねえ。それとも、お前は、このお堂が気に入ったのか?あっ!分かったぞ!魔剣堂なら入門弟子に昇格できると思っているんだろ?長老がいねえから、僕は魔剣堂の入門弟子だぁ!って勝手に名乗れるもんなあ!」
文護がゲラゲラと笑うと、背後に控えていた大柄な少年たち――彼らは黄色の道服を着ており一般学生だと分かる――も一緒に大笑いし始めた。
「僕は、ただ掃除をしているだけだ。ゴミがたまっているから、綺麗にしなちゃいけないって思っただけだ!」
「そんなに、掃除が好きなら、崑崙派の学生なんてやめて、掃除夫になれよ。お前にはお似合いだぜ!」
文護に胸倉を掴まれた礼和は、散乱した枯葉や埃の上に投げ飛ばされた。うまく受け身を取ることができずに、仰向けにひっくり返ってしまった。頭を強かに撃ち、目の前が一瞬白くなった。
それでも、礼和は、よろよろと立ち上がった。
「いい加減にしろ!僕が何をしたっていうんだ!」
「何をしたかって?お前の存在自体がうっとおしいんだよ。十年以上も修行しても入門弟子になれないなら、さっさと崑崙山から出て行きな」
文護が再び、襲い掛かって来た。礼和は、迎え撃とうとして身構えた。
その時、背後から、「何をしているの!やめなさい!」という細いが鋭い一喝が響いた。礼和の前に瞬間移動してきたかのように人影が現れた。同時に、礼和に掴みかかろうとしていた文護が、吹っ飛ばされて尻餅をついていた。
「痛てててっ!お前!何をしやがる!」
崑崙派の落ちこぼれ少年道士が魔剣堂に封印されていた劈風魔神剣と魔神の力を蘇らせ、その力を得たために、師匠や江湖の邪悪な武芸者たちから命を狙われることに。女剣士や幼馴染の道姑と共に戦うが……。中華ファンタジー小説。
崑崙派の落ちこぼれ少年道士である黄礼和は、魔剣堂に封印されていた劈風魔神剣とその中に閉じ込められていた石宝宝を目覚めさせてしまう。宝宝は外見は幼女であるが劈風魔神剣の遣い手に力を与える魔神。宝宝は礼和のことをお兄ちゃんと呼び、憑りついてしまう。それにより、礼和は劈風魔神剣の剣士となった。
劈風魔神剣は最強の剣だが、かつて、江湖に深刻な被害をもたらした邪剣。崑崙派の道士たちからは忌み嫌われている。
復活した劈風魔神剣を奪わんとして様々な武芸者が崑崙派の拠点崑崙山に押し寄せる。崑崙派は劈風魔神剣を守ろうとするが多大な被害を受ける。崑崙派の長老たちは、事態を打開するためには、礼和を殺して宝宝の魂を抜き取り、再び劈風魔神剣と宝宝を封印するしかないと考える。