冒頭部抜粋
天下三剣
大滝七夕
序
その昔、三人の優れた刀鍛冶がいた。
兄弟のように仲が良く、やがて、義兄弟の契りを交わした。
三人は刀鍛冶として腕を磨いたが、どうしても己の思う一振りを作り出せずに悶々としていた。
ある時、三人は、共に旅に出た。
名刀を作り上げる秘訣を探るために全国各地の刀鍛冶を訪ね歩いたが、秘訣を掴むには至らなかった。
悄然として、ある滝壺の前で、故郷に帰る相談をしていた時である。
一人の兄弟が滝壺の裏に洞穴があるのを見つけた。
その滝壺の奥には、陽が差し込まないのに、明るく照らされている。
不思議に思った三人は、その洞穴の奥へ進んでみた。
洞穴の中を行くこと半刻あまり。
やがて、洞穴が途切れて、目の前に陽の光が差し込んできた。
洞穴から抜け出てみると、仙境だった。
眼下には、一面に緑に覆われた湿原が広がり、湿原の周りは、高い山脈に囲まれており、人の寄り付かない秘境である。
湿原には、色とりどりの花が咲き乱れていて、その上を小鳥たちがのどかに飛び交う。
緑の隙間に見える湖は、清く澄み渡っており、水面には、鏡のように山の姿が映し出されている。
その仙境を一目見ただけで、三人の心には雑念が無くなった。
己の目指すべき道を悟った三人はそれぞれ、一振りの太刀を作り上げた。
今日に伝わる天下三剣である。
備前国の刀工包聖は、長く軽量な大太刀を作らんとした。
そして作り上げたのが、名刀 大包丁。
長寸で大身の大太刀であるにもかかわらず、非常に軽量に作られているため、「天下三剣の最高傑作」と言われている。
山城国の刀工宗政は、女傑が持つにふさわしい、美しい太刀を作らんとした。
そして作り上げたのが、名刀 三日月丸。
三日月形の刃文が美しい太刀である。天下三剣の中で、最も美しいとも評され、「名物中の名物」と言われる。
伯耆国の刀工安永は、己にふさわしい太刀を作らんとした。
安永は、出来上がった名刀 童鬼切を以って、民を悩ませていた鬼を斬った。
その頑丈さと鋭利さは天下三剣の中で最も優れている。
しかし、童鬼切には斬られた鬼の怨念が宿っているため、「手にした者は不幸になる」との伝説がある。
第一章 尼僧 円桜
うららかな春の日に旅しているせいであろうか、どの山を通りかかっても、桜が満開である。
吉野山で満開の桜を眺めて以来、足柄峠を超えて、相模国に入るまで、ずっと満開の桜にお目にかかっている。
とりわけ、吉野山で豪華絢爛に咲き乱れる桜を初めて目にしたときは、普段、花には全く関心のない緒玉武司も、さすがにため息が出てしまった。
そう言えば、三年間、修行していた京の鞍馬寺にも桜の木がたくさんあった。
だけど、その頃は、武芸の稽古のことばかりしか頭に入らず、咲き乱れる桜には全く関心も示さなかった。
「はあ。気持ちいいな……」
こうして、桜が咲き乱れる中を旅して歩いていると、背中に背負った大太刀や籠の重みも気にならなくなる。
緒玉武司は、あくびをするように、拳を握った両手を天高く突き上げると、足を弾ませながら桜に囲まれた山道を駆けた。
桜の仄かな香りが、鼻をくすぐる。
伝説の三本の名刀――天下三剣を巡って鞍馬寺出身の若き武芸者たちと盗賊集団が駆け引きを繰り広げる。中世の日本を舞台にした和風ファンタジー小説。
平安時代を舞台にした、大包丁、三日月丸、童鬼切の三つの名刀「天下三剣」をめぐる剣豪小説。
京の鞍馬寺で武芸を学んだ緒玉武司は武者修行の旅の途中、法華寺の尼僧円桜が一人の武士を庇って、山賊と戦う現場に遭遇する。緒玉武司が助太刀し、山賊を成敗するが武士は名刀三日月丸を円桜に託して死亡。
次いで、名刀大包丁を所持する悪党田神天光や山賊に襲われ、負傷した時、玉女鉄笛の遣い手で孤児の楓に助けられる。緒玉武司は田神天光と和解し、円桜、楓ら四人と行動を共にする。
四人は、関東一円を荒らし回る盗賊集団邪門党の党首、黄玉美姫と武林で恐れられている巨漢の殺人鬼酒山鬼蔵に襲撃される。二人の賊は天下三剣を探し関東を荒らしまわっていた。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)