(冒頭部抜粋)
ドロップシッピングの甘い罠 女子大消費生活センターの事件簿1
大滝七夕
1、房総女子大学消費生活センター
「一人で悩んでいても、しょうがない。やっぱり、相談しよう……」
ちょうどお昼の時間だった。房総女子大学の学食は、トレイにサンドイッチやコーヒーを載せた女子学生たちが、ごった返していた。
たくさんの女子学生たちが友達とテーブルを囲んでおいしそうにお昼ごはんを食べている。席はもう満員だった。
女子大の学食だというのに、なぜか、男子学生の姿もある。近隣の大学の男子が女の子目当てで乗り込んできたのだろうか。尤も、房総女子大学の学食は、ヘルシーでおいしいことが近隣にも知れ渡っており、わざわざ、他所の大学や近所に住む人たちがやってきて、食堂代わりに利用していることもある。
校舎は男子禁制だが、学食は、解放されており、誰でも入ることができるのだ。
先ほどつぶやいた女子学生は、その喧騒の中、学食の入り口に一人ポツンと立っていた。
彼女の名前は、七緒絵美里。
短めの黒髪をツインテールの型にしている童顔の女子である。紺のチェック柄のスカートに薄いピンク色のYシャツを着てリボンを付け、紺のニットを羽織っているので、傍から見れば、現役の女子高校生……いや、中学生に間違われることもある。
だが、絵美里は、房総女子大学の法学部の一年生なのだ。
秋田の田舎――それも熊が出没するような山奥の村から上京してきて、今年の春から一人暮らしを始めたばかりである。大学に通い始めて、一か月にもならず、友達と言えるような人は一人もいない。高校まで一緒だった地元の友達で、房総女子大学に進学した子も一人もいなかった。
房総女子大学は女子大としてはトップクラスの偏差値を誇り、法学部も要している大学だ。
女子大というと良妻賢母を目指すための教育や女性教育者の育成が主な目的とされていて、法学部のような実学系の学部はないところが多い。
しかし、今時、良妻賢母を目指すために女子大に進学する人など一部のお嬢様くらいで、ほとんどの女子は、よりよい就職先を狙って大学に進学する。
房総女子大学が法学部を設置したのも、時代の流れに沿ったものなのだろう。法科大学院はないものの卒業後、他の大学の法科大学院に進学して、法曹資格を獲得した卒業生もポツポツと現れ始めているという。
絵美里は、法曹になりたいという野心を持っているわけではないが、ずる賢い奴らから身を守るためには、法律の知識を身に付ける必要があると思ったのだ。
秋田の田舎町から出てくる時も、祖母から、「都会は魑魅魍魎が跋扈する恐ろしいところだからね。騙されないように気を付けるんだよ」と言われて、ビクビクしていたものである。
常に、周りを油断なく警戒していたつもりだったのだが……。
まさか、一月足らずのうちに、悪質商法に引っかかってしまうとは思いもしなかった。
絵美里は、学食に入るのをやめて、その隣の部屋に目を向けた。
扉の所に手作りと分かる看板がかかっており、『房総女子大学消費生活センター』と記されていた。
その脇に女子学生の写真入りのポスターが張られていて、
『「悪質商法」の被害に遭わないためには、「おいしい話」や「甘い誘い」に乗らないことが大切です。「自分はだまされない」と思っていても、相手はセールスのプロ。 甘い言葉や笑顔、時には泣き落としといった巧みな手口で契約させようとします。おかしいと思ったら、すぐに相談してください。房総女子大学消費生活センターはいつでもあなたを待っています』
と記されていた。
入り口の扉が開け放たれていた。
ドロップシッピングの甘い罠 女子大消費生活センターの事件簿1 (消費生活センターの事件簿ノベルズ)
国民生活センター、消費生活センターに寄せられる最新の事案、判例を元にした消費者トラブルエンターテインメント。
萌え系女子大生消費生活相談員と一緒に、あなたも賢い消費者になろう!
秋田の田舎から上京し、房総女子大学法学部一年生になったばかりの七緒絵美里は、ネット通販で、『初回お試し価格五百円』の広告に釣られて、美容食品を購入する。
しかし、お試し価格で購入するには、最低六か月、金額にして六万円の定期購入が条件だったことが判明。八日間の返品期間を経過してしまい、困り果てた絵美里は、学生ボランティアによって運営されている『房総女子大学消費生活センター』の門をたたく。
房総女子大学消費生活センターには、司法試験予備試験に合格済みの俊才――部長の神前愛佳、女子大空手全国大会で優勝した経験のある武闘派――白砂菜月、実家が超大金持ちのおっとりお嬢様――芽森琴音ら、癖のある女子大生消費生活相談員とやる気のない二十四歳の顧問弁護士村正翔太がいた。
彼女たちの助けを得ながら、解約を試みようとすると……。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)