民泊ビジネスの闇 一億稼ぐ行政書士の事件簿3

投稿者: | 2020年12月4日

(冒頭部抜粋)

 民泊ビジネスの闇 一億稼ぐ行政書士の事件簿3

                             大滝七夕

 1、無断転貸

 行政書士法人倉部事務所の所長である倉部友幸が『民泊』という言葉を初めて目にしたのは、『月刊日本行政』の二〇一六年五月号五二二号だった。
 『月刊日本行政』というのは、日本行政書士連合会が会員向けに業務情報を提供している月刊誌である。それほど詳しいことが書かれているわけではないが、今日、開業している行政書士として最低限知っておくべきことがまとめられているし、時として、新しいサービスのヒントを得られることもあるので、友幸も欠かさず、目を通している。
 『「民泊サービス」の現況と行政書士業務』と題されたそのページには、民泊サービスの在り方に関する検討会で、現在、議論されている論点や特区における現況。関係法令である旅館業法の問題点と民泊サービスに適用する場合の対応策。行政書士が民泊ビジネスと如何に関わることになるかということが簡潔にまとめられていた。
 飲食店営業、喫茶店営業、風俗営業等の営業許認可と会社設立を専門としている友幸の事務所にとっては、あまり関係のないことだと思い、ざっと目を通しただけで、詳細な業務研究は行っていなかったのだが、それから二月もしないうちに、『民泊』という言葉をクライアントの口から聞かされることになるとは思わなかった。

「ちょっと待て。今、『民泊』と言ったか?」
 友幸は、法律用箋に万年筆を走らせる手を止めて、顔を上げた。
「そう。民泊だよ。知らない?最近、流行っているらしいんだよ。自分の持っている空き物件を民泊仲介サイトに登録してさあ、外国人観光客とかに貸し出すんだって」
「その民泊なら、ちらっと目にしたことはあるな」
「その女は、うちの親父の賃貸マンションを四部屋も借りて、勝手に民泊をやっていたんだよ」
「四部屋か?一人で四部屋も借りるなんてちょっとおかしいな。転貸するつもりだというのがバレバレじゃないか?」
「そうだろう。うちの親父は甘かったからさ。何のために借りているのか、よく調べもしないで、借りていいよ。と言っちゃったみたいなんだよね。仲介した不動産屋は――香恋の店だけどさ――香恋は、民泊に使うつもりみたいですよ。と言っていたけど、親父はそもそも、民泊という新単語を知らなかったわけだ」
「要するに転貸だろ。そう言えば意味は分かったんじゃないか?」
「それでもいいよ。と言ったんだってさ。だけどよ。うちの親父の賃貸マンションを勝手に、外国人に貸しやがって、火事になったり、近隣トラブルになったり、犯罪グループのアジトに使われたら、どう責任を取ってくれるんだという話だよ」
 面談スペースのテーブルを挟んで向かい側に座るスポーツ刈りの巨漢が憮然として言う。
 友幸は、濃紺のスーツを着込んでいたが、巨漢は夏用の涼しげな色合いの作業着姿だった。
 巨漢は、友幸よりも一回り大きな体つきをしており、半袖シャツの袖口からはたくましそうな腕が露出している。熊を思わせる体つきをしているが、顔を見やれば、子犬を思わせる愛嬌のある目つきをしており、ショートカットの髪型に鷲を思わせる目つきをした精悍な顔立ちの友幸とは対照的だった。
 そんな顔立ちだから、友幸と同じ年齢にも拘らず、随分と若く見える。おまけにスポーツ刈りなので、高校球児の中に混じっていても、見分けがつかないんじゃないかと思うほどだ。
 この男の名は、能世兵太。
 父親から引き継いだ能世建設株式会社を経営し、一級建築士の資格を有していて、能世一級建築士事務所を併設している。
 友幸の高校時代からの友人であり、クライアントにして、ビジネスパートナーでもある。
 クライアントというのは、もちろん、建設業許可や経営事項審査を初めとした建設業関係の業務を行政書士法人倉部事務所が担っているという意味だ。
 兵太の父能世格三が経営していた時は、他の事務所に依頼していたらしいが、能世兵太の代になってからは、友幸に依頼するようになったのだ。大御所である能世格三は、兵太に今までの事務所を使いなさいと言っていたが、友幸が何度も能世格三に会って話をし、信頼を勝ち取ったことから、全面的に業務を任せてもらえることになったのだ。
 この度、能世格三が死去した際には、友幸も葬儀に参列し、相続手続きに関しても、全面的に一任されていた。
 ビジネスパートナーというのは、飲食店営業、喫茶店営業、風俗営業等の営業許認可の際、友幸と兵太が連携することがよくあるという意味だ。例えば、飲食店が新規に出店するには、設計図を引く時から設備や衛生面等で役所との細かな打ち合わせが必要になる。
 友幸は新規に開店したいという依頼を受けた時は、クライアント側が設計事務所や建設会社を決めていなければ、兵太を紹介していたし、兵太が依頼を受けた時も役所との折衝役やコンサルタントとして友幸を紹介してくれる。
 友幸と兵太は友人としてはもちろんのこと、ビジネス面でも水魚の交わりのような関係だった。
「その賃貸マンションは、確か……『ノセパレス』という名前だよな。四階建て十六部屋あるっていう」

民泊ビジネスの闇 一億稼ぐ行政書士の事件簿3 (行政書士の事件簿ノベルズ(WEB限定版))

 民泊ビジネスの裏で暗躍する
 不法滞在中国人の恐るべき陰謀!
 一億稼ぐ行政書士友幸に命の危険が迫る!
 行政書士の事件簿ノベルズ(WEB限定版)第四弾

 行政書士の倉部友幸は三十歳になったばかりでありながら、都心に近い駅前の一等地に事務所を構え、二人のパートナー行政書士と十人の補助職員を使う行政書士法人倉部事務所の所長である。飲食店営業、喫茶店営業、風俗営業等の営業許認可と会社設立という事業者向けの法務サービスを主として提供している。

 友幸は高校時代の友人で一級建築士の能世兵太から、亡父能世格三の相続手続きの依頼を受けるが、相続財産の一つである賃貸マンション『ノセパレス』で賃借人真中理央が無許可で中国人向けの民泊をやっていることが判明する。
 兵太は、賃借人真中理央を追い出したうえで、旅館業法の簡易宿所の許可を取得し、自ら民泊ビジネスに乗り出そうと考え、友幸にその手続きを依頼する。
 一方、真中理央側は、能世格三が残したという自筆証書遺言の検認を家庭裁判所に申し立てる。そこには、真中理央を遺言認知し、『ノセパレス』を相続させる旨が記されていた。
 亡父が遺言書を残すはずがないという兵太の抗弁を受け、友幸が調べを進めてゆくと、民泊ビジネスの陰で暗躍する不法滞在中国人たちの恐るべき陰謀が判明。真中理央らが行方知れずになり、友幸の身にも危険が迫る。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)